メンタルリープの根拠2:発達や病気との関係

行動生物学では昔からよく、1つの事象(行動)を研究するときに4つの問いの答えを考えます。その問いとは事象の系統発生(種の進化との関係)、個体発生(個体の発達との関係)、直接的因果関係、果たす機能です。このアプローチは、オランダの動物行動学者でノーベル受賞者のニコ・ティンバーゲン氏にちなんで「ティンバーゲンの4つのなぜ」と呼ばれています。オランダ出身のF.プローイユ博士とH.ヴァン・デ・リート博士は、その重要性をティンバーゲン氏から指摘され、退行期という事象に対して実践したのです。


1つ目の種の進化における意義について出された答えは「メンタルリープ(赤ちゃんの退行期)の科学的根拠1すべてはチンパンジーの退行期の発見から」をご覧ください。ここでは退行期という事象が、我々の種における個体の発達とどのような関係があるのかという視点から話していきます。

赤ちゃんには病気にかかりやすい週齢がある?

F.プローイユ博士とH.ヴァン・デ・リート博士が発見した退行期(決まった修正齢で起こるぐずり現象)は、二人とは独立した他の研究チームが再現検証を行い客観的に実証されました。その上で二人は、それとは全く別の証拠の収集に乗り出したのです。


二人が考えたロジックはこうです。退行期が起こる一方で、進歩が起こる現象については既に100年近く前から知られており、両者の関係性は様々な分野の科学者たちによって検討されてきました。動物行動学者Kortlandt氏によって「reprogression(再進歩)」という言葉まで発明されており、この現象は個体の「平衡の崩壊」と「平衡の再構築」による発達と捉えられています。平衡の崩壊とは、個体の全体的なバランスが崩れることを意味します。つまり平衡の崩壊が原因で赤ちゃんの退行現象が起こっているとすれば、その影響は行動以外にも様々な側面に表れるはずなのです。


そのためF.プローイユ博士とH.ヴァン・デ・リート博士は、退行期の影響が赤ちゃんの免疫システムや健康などにも出ているはずだと考えました。こういった見解は、二人独自のものではありません。ここ数十年の精神神経免疫学の進歩によって、個体の行動、中枢神経系、内分泌系、免疫システムが複雑に相互作用していることが明らかになっています。また既に1935年にはウォルター・キャノン氏が、思春期の到来、疲労、日々の心配事といった人生における普通の体験がすべて組み合わさって、一つの身体感覚が生じることを提唱しています。ウォルター氏は 「ありとあらゆる人間の病気を、この視点から研究してもよいのかもしれない」とも述べています。


そこでF.プローイユ博士とH.ヴァン・デ・リート博士は、齢と病気との関係の研究に乗り出しました。具体的には、退行期が起こる修正週齢の辺りに病気や乳幼児突然死症候群(SIDS)が最も多く起こっているという仮説を立て、乳幼児の齢に伴う病気の分布を調査したのです。

病気のピーク

上のグラフでは、15名の女の子と11名の男の子の病気の発症と期間の時系列データを基にして、修正週齢ごとの病気の日数の割合が示されています。具体的には「該当する週齢のときに病気が観察された赤ちゃんの数」×「7日間」=「その週齢で病気だった可能性がある最大日数」を算出し、その解を「その週齢のときに研究に参加してもらえた赤ちゃんの数」×「7日間」で割っています。実際に病気にかかっていた期間の代わりに、この換算方法を用いたのは、乳幼児には複数の病気のピークが存在するのか否かを統計的に検討しやすくするためです。


全体として一つの大きな山の形になっており、その表面に小さな山がいくつも連なっています。問題は、どの山々が誤差の範疇であり、どの山々が本当の病気のピークかです。それを明らかにするための統計手法として、Silvermanの方法(1981)を用いたカーネル密度推定を行いました。その結果が次のグラフです。

このグラフに示されているとおり、カーネル密度推定のバンド幅はh=18.5です。ピークは修正6週、15週、30週、40週、51週、62週、86週、99週と読み取れました。またバンド幅がh=18やh=19のときも、ピークは同じ週齢でした。そして病気が発症した週齢帯と、退行期か始まったり終わる週齢帯を比べると、時間的関係性が浮かび上がったのです。

乳幼児突然死症候群のピーク

二人は同様の研究を、乳幼児突然死症候群(SIDS)に関しても行いました。このときのデータはオランダ中央統計局の資料が用いられました。本研究の対象となった子どもは、すべて1979年から1993年の間に乳幼児突然死症候群で亡くなった0歳児です。対象者の定義はICD-9(国際疾病分類第9版)の基準が用いられていました。その資料で変数として記録されていたのは、赤ちゃんの性別と亡くなったときの齢(誕生日からの日数)でした。残念ながら、当該日齢データを妊娠期間と結び付けたり、「妊娠した日を基にした修正週齢」に直すことはできませんでした。この研究ではトータルで1298名の男の子と873名の女の子の日齢データが対象とされました。


このときも分布に多峰性があるか否かを明らかにするために、統計手法としてSilvermanの方法(1981)を用いたカーネル密度推定が行われました。


そして女の子のグラフの分布に多峰性が見つかったのです。上のグラフを見ると、少なくとも4つ、一見すると6つの山が見受けられます。それまで女の子の乳幼児突然死症候群の大きなピークの表面に、さらに複数の小さなピークがあるという研究結果は報告されていませんでした。おそらく二人の前に、誰もそれを探そうとした人がいなかったからでしょう。そして乳幼児突然死症候群における小さなピークが見られた日齢も、退行期の週齢と重なっていたのです。


このことも退行期に入った赤ちゃんの内部で何かが起こっているという別の根拠であり、その正体が脳の発達に伴う急激な変化であるという示唆となりました。McKenna氏(1990)は、神経制御系の不具合による反射的呼吸から発話時の呼吸への移行と、乳幼児突然死症候群の最初のピークとの間には関係性があると述べています。それと同様の考え方をすると、乳幼児突然死症候群の小さなピーク群を引き起こしているのが、脳の急変であるという可能性は十分にあり得るのです。

ただし実を言うと、男の子のグラフは多峰性になりませんでした。この興味深い性差について詳しく知りたい方は是非F.プローイユ博士とMikael Heimann氏監修の『Regression periods in human infancy』をご覧ください。



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